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秋田家庭裁判所大館支部 昭和40年(家)222号 審判 1966年5月25日

申立人 大武サダ(仮名)

主文

申立人が、下記のとおり就籍することを許可する。

本籍 秋田県北秋田郡田代町岩瀬字伊勢堂下三一番地の一

父 武田源五郎

母 武田アキ

父母との続柄 長女

氏名 武田スサ

生年月日 大正八年三月一五日生

理由

本件調査の結果によると、次の事実が認められる。

(一)  申立人は、大武啓吉、同キイの長女として秋田県大館市○○○字○○一四九番地において大正八年三月一五日に生れ、同月二〇日父啓吉が出生届出をなし、本籍同所同番地筆頭者大武啓吉戸籍に同籍していた。その後申立人は、昭和一一年頃(一七才頃)当時樺太庁に勤務していた叔母小池トミを頼つて樺太に渡り、翌一二年樺太豊原郡○○村の○○炭山の鉱夫をしていた山本進と結婚して同年一二月一六日届出を了し、前記戸籍から除かれて本籍樺太豊原郡○○村大字○○炭山無番地筆頭者山本進戸籍に同籍となつた。

(二)  申立人は、山本との間に笑子、勇、正の三人の子供をもおけ、終戦直後まで上記○○村において同棲していたが、その頃離婚することになり、離婚届も最寄の役場に届出しておいた。そうして山本と子供三人は、昭和二二、三年頃内地に引揚げたが、申立人のみは留まつてやがて真岡に出て働くうち昭和二三年七月頃朝鮮人の朴元生と知り合つて内縁関係に入り、樺太内を数年毎に転々としながら主として農業をして暮していた。そうして申立人は、朴元生との間に五人の子供をもおけた。

(三)  申立人らは、ソ連側から無国籍者として取扱われていたところ、一九五八年頃ソ連当局からソ連に帰化するか、北鮮の公民権かいずれか取得するように通告されていた。しかし、申立人は、日本人であり、内縁の夫も本籍が南鮮であつたので、これに応じないで無国籍者のままでいたが、当時旅行してもソ連に帰化している者は、当局取調をほとんどうけることもなく、無国籍、北鮮公民権をもつ者に比較して何かと便利であつた。その後一九六〇年頃申立人らは、最寄の警察署に出頭を命ぜられて、係官からどうせ日本に帰国できる見込がないからソ連国籍を取得しておくように説得されたところ、申立人らは日本の国内事情や家族のことについて全く知らず帰国の望みがないならと絶望的な気持も手伝つて半ば強制的なものと受けとり帰化することを決意し、ソ連国籍を取得した。

(四)  なお、さき帰国した山本進は、その子供らと本籍福島県福島市○○町八七番地に昭和三三年六月三〇日就籍しているが、申立人について戸籍がないことはもちろん子供らの母の記載欄にはすでに亡くなつたこととなつている。

そこで前記認定のとおり、申立人は、ソ連国籍を有しているから、国籍法第八条により「自己の志望」によりこれを取得したとすれば、日本国籍を喪失したこととなるので、本件就籍申立の前提となる申立人の日本国籍の有無について判断する。

申立人がソ連国籍を取得したのは、ソ連当局側の説得によるものであるけれども、申立人は、当時日本国内の事情や家族のことについて何一つ分らず、日本への帰国の望みも断念され、しかも無国籍では不利な取扱いをうけるおそれを感じていたのであるから、半ば強制的なものと考えたのは無理からぬことであろう。それに申立人は、それ程の教育をうけていないし、終戦後朝鮮人を内縁の夫にもち、ソ連治下に入つてからその政治社会的な変化とともに言語や習慣など生活上永年にわたり非常な苦労をかさねたことが想像され、環境に適合しようという配慮からソ連当局側の指導方法によつては、あきらめの気持をいだくこともあろうし、従つてソ連国籍を取得しようとした意思決定の過程は、その置かれた特別な環境、条件を考慮に入れれば決して自由な意思にもとづくものと断定できない。

国籍法第八条は、一面国籍離脱の自由を認めた規定であるところから、日本国籍離脱の意思を自由に定めることができ、他方外国々籍も自由に取得する場合でなくてはならないから、かりに本件の場合申立人でなくても、通常の日本人で申立人のような立場に置かれたならば、やむをえずソ連国籍を取得するに至ることは十分考えられ、しかも申立人には日本国籍を離脱しようなどという意思は毛頭持つていなかつたのであるから、かかる特別な条件のもとにおけるソ連への帰化を目して自己の志望による外国々籍の取得とは到底認めることはできない。

そうすると、申立人は日本国籍を喪失していないものというべく、現在二重国籍者となつているが、内外国籍抵触の場合、内国々籍を優先させて、日本法を適用させるべきであるからこの点について支障はない。また、申立人は、山本進と離婚届出をしているので、本来婚姻前戸籍に覆籍するか、新戸籍編製するかということが考えられるが、終戦後のことでありもはやこれをどうすることもできず、山本の方では別に就籍していることでもあり、申立人に対しても本籍を有しないものとして就籍せしめるのが相当である。よつて本件申立を正当として認容して、主支のとおり審判する。

(家事審判官 藤本清)

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